赤木 昭夫 氏 書籍『書籍文化の未来~電子本か印刷本か』(岩波書店 刊)より
このページは、書籍『書籍文化の未来~電子本か印刷本か』(赤木 昭夫 著、岩波書店 刊)から、良かったこと、共感したこと、気づいたことなどを取り上げ紹介しています。
・グーデンベルグによって、あの美しい『四二行聖書』が印刷されたのは、ライン川に面するマインツで、一四五五年のことでした。
・フランクフルト書籍見本市(中略)そこを訪れることは、本の世界的動向をうかがう助けのひとつになるでしょう。二〇一二年の見本市は、一〇月一〇日から一四日まで開かれ、三〇万人に近い来場者で賑わいました。
・フランクフルト書籍見本市(中略)二〇一二年(中略)展示の数(中略)
何と約七四〇〇もありました。参加国の数は一〇〇を超えました。(中略)見本市事務局が国別の展示の数を発表しました。地元のドイツが二四九一、二番目がイギリスで六四八、三番目がアメリカで六一六、あとはフランスが二七一、イタリアが二二三、オランダが一一二と続きます。アジアでは一番目が中国で一六四、二番目が韓国で四六、日本は三番目で三二でした。
・アメリカの著作権産業は、まず大きな国内市場で消費者の選好に合った商品を開発し、ついで市場占拠のため安売り競争を展開し、最後に勝ち残った企業が商品の輸出で利潤を確保する「利益構造」に則っていることを示します。
・アメリカ人の多くは、眠りにつく前にベッドで本を読みます。ホテルの客室のテーブルの引き出しには、電話帳と聖書が常備されています。昔の就寝前に聖書を読む習慣の名残です。また忙しい人ほど、せめて夏とクリスマスの休暇には本を読もうと、まとめ買いします。
・二〇一二年のフランクフルト見本市(中略)出たのはネズミが二匹でした。一匹は、ドイツのtxtrというヴェンチャーが発表した「ビーグル」というリーダーです。九・九ユーロ(約一三〇〇円)という信じがたい超安値で、クリスマス前に発表する予定と聞かされ、半信半疑の人が多かったとようです。
・競争相手をだます数字が飛び交うのが、アメリカの出版界です。
・読む物を扱う大出版社の売上額に電子本が占める率は、高くなっても二〇~三〇%でしょう(八ページ参照)。大ベスト・セラーでも、電子本が占める率は五〇%を超えないと推定されます
・工学で名門のカーネギー・メロン大学では、日本でいうところの「四力(四つの力学、機械、材料、熱、制御)」が必修科目ですが、いずれの基本教科書もすでに電子本化され、教室で用いられています。今やアメリカでは、人文学を除いた実際的な分野の大学入門教科書は、印刷本と電子本の併存となり、電子本の利用者のほうが多い状態へと急変しつつあります。
・学会誌発行の三大手は、オランダのエイゼヴィア、ドイツのシュプリンガー、アメリカのワイリーで、学会誌の四二%をおさえています。残りを二〇〇〇あまりの中小の出版社が分け合っています。
・広告だけは本は売れなくなりました。社会学者などによって調査が進んでいるアメリカやイギリスの例ですが、ミリオン・セラーの下地として、入念な準備が必要です。中身の予告、抜粋の配布、それを読んだ有名人の推薦の言葉、さらには映画のような他のメディアとのタイアップなどによって、発売と同時に評判が評判を呼ぶように仕向け、客の購買意欲を掻き立て、売れ行きを見計らって増刷を決行し、書店の平台に積み上げ、人気が続く限度の六週間以内に一〇〇万部以上を売りつくさねばなりません。六週間という期間は、いく通りもの調査で確かめられています。
・社会が求める印刷本の出版を続けられるようにするには、どのような制度を整えるべきか(中略)
第一は、著作権です。(中略)電子的流通の妨げになるから、無くせという「オープン・アクセス」の動きが出ています。(中略)著作の奨励を社会としてはどうするのか、対案が必要です。
第二は、著作隣接権です。(中略)出版社の労作に報いるため、つまり、みだりに複製されるのを防ぐため、それらの労作にたいしても隣接権という名の準著作権を設定しようというわけです。
第三は、電子本にも再販制度を設けるかどうかです。(中略)
第四は、将来の販売を目的に、書籍の種類と部数と年数を制限した上で、在庫書籍にたいし免税を認めることです。「ロング・テール」の効果を活かすためです。
・リーダーを通じ電子本を買ったつもりになっていても、気づかぬうちに中身が雲散無消することも起こり得ます。現実にアメリカでそうした奇奇怪怪な事件が起こりました。二〇〇九年七月一八日の金曜日、アマゾンから買ったと思っていたジョージ・オーウェルの二つの小説、『一九八四年』と『動物農場』が一斉に消え去ったのです。
・イタリアの人文学者のウンベルト・エーコは、印刷本は車輪のように完成した究極の発明であって、もはや変わる余地がないと賞賛しています。
・印刷本の読み易さ
印刷本には、読み易くするため、さまざまな工夫がこらされています。具体例として、岩波文庫とそのワイド版をとりあげましょう。まず用紙ですが、視認性が高く眼が疲れないように、艶を消したややクリームがかった特別に漉かれた専用の紙が使われます。薄くても裏抜けしない(裏面の文字が透けない)、しなやかでめくりやすい中性紙です。
印刷ですが、一般に用いられるオフセット方式によっています。(中略)油性のインキがはじかれ、インキがにじむのを防ぎます。そのため、極細部もくっきりと印刷できます。こみいった複雑な形の漢字もつぶれず、識別できます。
・印刷本では、単行本ともなれば、装丁や大きさ厚みや重さなど、質感に多様性が与えられます。ところが、電子本ですと、中身が変わってもレイアウト(文字や図などの配置)がほとんど同じか、変化させても変化の幅が小さく、限界が伴います。(中略)ひいてはそれが知識の構造化を妨げる原因になるわけです。
・電子書籍本にも利点(付加価値)があるとして、つぎの七点が挙げられます。第一は、入手の容易さ(アクセシビリティ)です。従来のように、書店なり図書館なりへ行く必要がなくなりました。(中略)
第二は、可搬性(ポータビリティ)です。かなりの冊数に相当する中身を、リーダーに納めて持ち運びできます。(中略)
第三は、更新可能性(アップデイタビリティ)です。容易に中身を訂正し更新できます。そして訂正や更新があったことを読者に容易に知らせることも可能です。
第四は、規模(スケール)です。売る側はインターネットの規模の経済(複製の経済)をほしいままにできます。(中略)
第五は、検索容易性(サーチャビリティ)です。(中略)広い範囲にわたって字句などをキーにして細かい検索をかけることができます。
第六は、第五と重なりますが、さまざまな異なるテキストの間での相互参照可能性(インターテキスチュアリティ)です。これを活かしたのが、他の文書の他のページにつぎつぎに飛んでいける仕組みを組み込んだハイパーテキストです。(中略)
第七は、記号・文字・音声・映像と多様な表現媒体の組み合わせ(マルティメディア)が可能です。文字のフォント(書体)やポイント(大きさ)を変えることもできます。
・図書館や学校などの公共の書物に書き込みやアンダーラインは、絶対禁止です。汚れで読みにくくなるからだけでなく、別の人が読むときの妨げになるからです。
・夏目漱石(中略)イギリスの心理学者のロイド・モーガンの『比較心理学への入門』と出会い、そこで紹介されたウイリアム・ジョームズの「意識の流れ」によって開眼させられたわけです。
・口伝えが筆記本になり、印刷本になり、そして今や電子本が加わり、マラルメが「世界」と等置する書籍文化が形成されてきました。
・「印刷本と電子本の対決か共存か」としましたが、結論は「電子本と印刷本の共存」となります。しかしそれは成り行きまかせの共存ではなく、双方がしのぎを削る対決の果てに成り立つ、変動して已まないトレード・オフとしての共存でしょう。
●書籍『書籍文化の未来~電子本か印刷本か』より
赤木 昭夫 著
岩波書店 (2013年6月初版)
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