正木 香子 氏 書籍『本を読む人のための書体入門』(講談社 刊)より
このウェブサイトにおけるページは、書籍『本を読む人のための書体入門』(正木 香子 著、講談社 刊)を読んで良かったこと、共感したこと、気づいたこと、こんな視点もあるといった点などを取り上げ紹介しています。
・約30年前、日本にアップルコンピュータが登場したとき、たった2種類しかなかった和文フォントの数は、いまや3000種類以上とも言われます。
・これは「淡古印」といって、一般的に、漫画のホラー書体として知られている書体です。「ホラー書体」とは、その名の通り、恐怖感やおどろおどろしい雰囲気を出す文字のこと。
・実はこの書体、そもそも「ホラー書体」として誕生したわけではありません。本来は、70年代の終わりに、印章業界、つまりハンコ屋さんに向けて開発された書体なのです。(中略)落款や社印、表札などにもよくつかわれています。
・手書き文字の見本帳として代表的な『日本字フリースタイル700』の著者である稲田茂さんのように、書体デザイナーとして才能を発揮された方もいます。
・「水曜どうでしょう」(中略)
この番組がどうしてこんなに人を惹きつけるのか(中略)こんなに「文字愛」を感じるテレビ番組は見たことがない(中略)
『激闘! 西表島』で行われた夜釣りの企画では「ライトをつけると魚が逃げる」という理由で、完全に照明を消してしまい、あわや放送事故とも思われるような真っ暗な画面のままで二週放送されたこともありました。
そんなときこそ、「どうでしょう」のおもしろさを引き出す要因となっているのが、文字スーパー、いわゆるテロップです。
・文字の「味」が生まれる三要素とは(中略)
第一に、その書体がふさわしい場所でつかわれていること。(中略)
二つめ。いきなり矛盾するようですは、それは「美しい」ことです。(中略)ここでいう美しさとは、優雅であるとか、均整がとれているということを指しているわけではありません。読みやすさという意味です。(中略)
最後に、(中略)それは「時間」です。手垢にまみれるということ。(中略)その書体をつかった人が多ければ多いほど、それを観た人が多ければ多いほど、比例して味が出る。
・朝日新聞明朝(中略)
新聞書体とは、その名のとおり、新聞の紙面でつかれている文字のこと。限られたスペースで多くの情報を伝えられるように、扁平につぶれたような独特のかたちが特徴で、『天声人語』でなじみ深い朝日新聞の書体も、代表的な新聞書体のひとつです。
・朝日新聞明朝(中略)
本来、この書体を見られるのは朝日新聞あるいは関連会社が制作する印刷物に限られていたのですが、2013年にフォントメーカーの「イワタ」から一般公開され、外部の出版社やデザイナーもつかえるになりました。
・月刊誌「文藝春秋」に掲載された(A)バージョン。こちらは「凸版明朝体」といって、1956年に活版印刷用として設計、長年「文藝春秋」の本文で使われている書体です。印刷会社トッパンで独自に開発された書体なので、一般の人がつかうパソコンに入っているフォントではありません。(中略)
もうひとつの大きな理由は、「秀英明朝体」が、今までの芥川賞をふりかえってみてもきわめて使用頻度の高い、まさに文芸の代表格のような書体---作者自身の言葉を借りるなら、「文芸臭」のする書体だったからだと思います。
・装丁家の平野甲賀さんのように、一度見たら忘れられない強烈な個性のある描き文字を、なんと本当に「コウガグロテスク」なるオリジナルのフォントにしてしまった方もいます。
・秀英明朝体(大日本印刷)(中略)
文芸作品によくつかわれる書体としてとりあげた「秀英明朝体」には、もうひとつ有名な顔があります。それはきっと誰もが一度は目にしたことのある「広辞苑」の文字であるということ。
ベストセラーになった三浦しをんの小説『船を編む』には、この書体が重要な小道具として登場します。
・「秀英明朝体」の「秀英」とは、印刷会社の秀英舎、現在の大日本印刷株式会社のこと。今から百年以上も前に生まれた活字を受け継ぐ、大変貴重な書体です。
・本来、活版印刷の世界では、紙面の凸凹が目立つのはかっこわるい、職人の腕がない証拠とされていたからです。いかにして凸凹のない、滑らかな文字を印刷できるかを目指して腕を磨いていたはずなのに、いわば未熟なもの、「失敗作」に対して、若者たちが手仕事の温もりを感じているというのは皮肉なことですね。
・「写真植字」、いわゆる「写植(シャショク)」とは、その名の通り、写真の技術をつかって印刷された文字のことです。(中略)写真植字を世界で初めて実用化したのは日本人ですが、それには日本語のもつ特質な事情がありました。
・日本語の文字を読みやすく配置・整形する技術も生まれました。そのことを印刷用語で「組版(くみはん)」といいます。視覚による情報伝達において、「組版」は、いわば「文法」や「語法」にあたる大切な役割を担っています。
・どこの誰だかわからない人々に向けて、くりかえし言葉を変え、言い方を変えて、伝えようとし続けるのは物書きの性ではないか。
●書籍『本を読む人のための書体入門』より
正木 香子 著
講談社 (2013年12月初版)
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