中村 明 氏 書籍『語感トレーニング~日本語のセンスをみがく55題』(岩波書店 刊)より
このウェブサイトにおけるページは、書籍『語感トレーニング~日本語のセンスをみがく55題』(中村 明 著、岩波書店 刊)を読んで良かったこと、共感したこと、気づいたこと、こんな視点もあるといった点などを取り上げ紹介しています。
・正確なことばというのは、単に誤りを含んでいないというだけでは不十分だ。「休憩」か「休息」かと迷ったとき、両方やめて「休み」という語で間に合わせれば、そんな微妙な意味の違いに悩まずにすむ。
・「快調」「好調」「順調」、もっとも調子がいいのはどれでしょうか。(中略)
①の答えは「快調」だろう。「快調」には「好調」の幅のうちでも特に上のほうをさす雰囲気がある。
・「教員」「教師」「教官」「教授」「教諭」「先生」「師匠」はどれも、ものを教える立場の人をさすが、それぞれの語のさす対象や範囲にはずれがある。
・簡単に整理すると、①表現する《人》に関する語感と、②表現される《もの・こと》にかかわる語感と、③表現に用いる《ことば》にまつわる語感、という三系統に分かれる。
・「看護」は病室を、「看病」は自宅をイメージしやすい。それぞれの語を使ってきた対象に偏りがあるからだ。
・Q2
次の①~⑤について、それぞれの比較的年配者が使うと思われる方を選んでください。
① ア ハネムーン イ 新婚旅行
② ア キッチン イ 台所
③ ア ファスナー イ チァック
④ ア リビング イ 居間
⑤ ア ピンポン イ 卓球
・「新婚旅行」に対する新しい呼び名だった「ハネムーン」は今やむしろ古い感じになりかけ、その訳語である「蜜月旅行」はさらに古めかしい。結婚することを「家庭を持つ」と表現すること自体が既に古風な感じになりつつあるから、それを「所帯を持つ」と言えば高い年齢層の響きが出る。
・現在では「卓球」が一般的で、「ピンポン」という語は高年齢を思わせる。
・同じ対象をさすのに世代によって用語が違うケースは他にもある。祖母は「お勝手」、母は「台所」、娘は「キッチン」と三種類に呼び分けている家庭もある。
・「事件」を「ヤマ」と言い、「被害者」を「ガイシャ」、「真犯人」を「本ボシ」と言う人を見かけると、刑事や事件記者のような人かと思うだろう。「患者」を「クランケ」、「手術」を「オペ」と呼ぶと、医者や看護師のような〈医学関係〉の人を連想させる。(中略)
「ありがとう」の代わりに「ごっつぁんです」と言う声を聞くと、それだけで相撲取りだと思ってしまう。
・職業の伝わる表現の一種に、特定の仲間うちだけで通用し、それ以外には意味がわからないようにするために用いる特殊な言葉がある。いわゆる〈隠語〉がそれである。
・丈の長い詰め襟の学生服をさす「学らん」という語も、洋服の意の江戸時代の隠語「ランダ」から来たという。
現在は危ないことになりそうなという意味合いで一般にも広まった「やばい」は今や、驚くほどすごいといった意味の用法にまで広がった。が、これも、もとをただせば、不都合や危険を意味した江戸時代の「やば」に端を発している。
・『隠語辞典』(栗田書店、一九三三年)(中略)『隠語大辞典』(皓星社、二〇〇〇年)
・「通達」は上から下へ、「報告」は逆に下から上へ知らせる感じが強い。「通知」はその間だが、どちらかと言えば「通達」に近いだろう。
・「給料」も「給与」同じものをさすが、後者のほうが支払う側の視点が連想される。「ボーナス」も「賞与」も実質に変わりはないが、やはり後者に雇い主側の視点が感じられるだろう。
・日本中で「ピザ」という語が一般的になり、今では「ピッツァ」と呼ぶ人はめったに見かけない。そういう時代になった今、あえて「ピッツァ」という本場イタリアのことばを看板に掲げる店を見ると、そんじょそこらのピザとは違うとする職人の自負を感じる。その語を特に選んで使う客のほうにも、ある種のこだわりがあるのだろう。ことばは情報とともに、そういう自負やこだわりをも相手に送り届ける。
・たとえば「暑い」に対する「暑苦しい」のように、次の語について、それぞれマイナスイメージを含んだ表現に言い換えてみてください。
①暑い
②薄い
③狭い
④広い
⑤長い(中略)
①厚ぼったい
②薄っぺら(な)
③せせこましい、狭苦しい
④だだっ広い
⑤長たらしい
・①「自分の妻」、②「話し相手の妻」または「他の人の妻」をさす語を、それぞれ思いつくかぎりあげてください。(中略)
①いえの者、家の者、うちのやつ、奥、かあちゃん、かかあ、家内、かみさん、愚妻、荊妻(けいさい)、妻(さい)、細君、妻(つま)、連れ合い、女房、フラウ、山の神、嫁、ワイフなど。
②おかみさん、奥方、奥様、奥さん、お内儀、かみさん、賢夫人、御新造(ごしんぞう)、御寮人(ごりょうにん)、細君、夫人、マダム、令閨(れいけい)、令室、令夫人など。
・次の①~③について、それぞれ女性に対してより多く使うのはどちらでしょうか。
①ア 恰幅のいい人 イ 豊満な体つきの人
②ア か弱い人 イ 弱い人
③ア 性格のいい人 イ 気立てのいい人(中略)
①イ ②ア ③イ
・「女医」という語があって「男医」という語がなく、「女弁護士」という言い方はあっても「男弁護士」などとは言わない事実に象徴されるとおり、かつては医者も弁護士も圧倒的に男が多かったからだろう。
・「か弱い」ということばはすぐに女と結びつく。「清楚な」とか「楚々(そそ)とした」とかという形容も、男性に使えば誤用とまでは言えないにせよ、女性に対する例がほとんどだったため、今でも男に使うには抵抗がある。
・「工場」とあれば現在はほとんどの人が「こうじょう」と読むだろう。昔は「こうば」と読むケースも多かった。今では古風な「こうば」という語に接すると、単に懐かしいだけでなく、「こうじょう」とは違うイメージを浮かべやすい。「町こうば」とか「裏のこうば」とかいう用法がぴったりするように、「こうじょう」よりも規模が小さく、旧式の機械で仕事をしている感じが強くて、最新の設備を誇るような大工場には使いにくい。
・次の①~③の空欄に、それぞれもっともふさわしいものア~ウの中から選んで入れてください。
①ステーキセットには、パンをお付けしますか、( )になさいますか。
②ようやく( )にありついたもんで、どんぶり三杯一気に平らげしまった。
③久しぶりに海外から戻ると、やはり( )と味噌汁の朝食が最高ですね。
ア ご飯 イ ライス ウ めし(中略)
A(中略)①イ ②ウ ③ア
・よく似た「争う」と「競う」も、前者は狙っているものを手に入れようとすることに重点を置き、後者は何かを獲得するというより優劣を決することに重点を置くような傾向が見られる。
・立松和平は、「作家」や「小説家」に比べ、「文士」という語には〈凛然〉とした感じが漂うことを見抜いた。
・「小春日和」は春の暖かな日ざしのことだと思いこみやすいが、「小春」は陰暦の十月、今の十一月頃の別名であり、晩秋から初冬にかけての頃の春に似た暖かい日和をさす。
・語感は時代により風土によって変わるし、人によっても違う。
●書籍『語感トレーニング~日本語のセンスをみがく55題』より
中村 明 (著)
出版社: 岩波書店 (2011年4月初版)
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