野口 嘉則 氏 書籍『「これでいい」と心から思える生き方』(サンマーク出版 刊)より
このウェブサイトにおけるページは、書籍『「これでいい」と心から思える生き方』(野口 嘉則 著、サンマーク出版 刊)を読んで良かったこと、共感したこと、気づいたこと、こんな視点もあるといった点などを取り上げ紹介しています。
・自分で自分にOKが出せない人は、他人の言葉や評価に振り回されたり、人と自分を比べて焦ったり妬んだり落ち込んだりしがちです。「自分らしさ」に軸を置いて生きることができないので、周囲の人や環境に影響を受けすぎてしまうのです。
・加藤諦三さんが著書『人生の悲劇は「よい子」に始まる』の中で、「親の期待に応えようと頑張る『よい子』は、大人になってからも他人の期待に応えようとしてしまい、『自分がない人』になってしまう」ということを指摘されています。
・加藤(諦三)さんの指摘する「よい子」には、親に対して従順な子であり、聞き分けのよい子です。そして、そのような子は、自分の欲求や感情を大切にできない子でもあり、精神的に脆い(もろい)のです。
・より効果的・建設的な「ノー」の言い方について考えたいと思います
・相手の権利を侵害することなく、自分の欲求や意見を率直に表現する態度を、「アサーティブな態度」といいます。これは、自分も相手も大切にする建設的な態度であり、また、自分と他者の間に健康的な境界線を引くために必要な態度でもあります。
・人はそれぞれ、「ここから内に入ってきてほしくない」「これについては話したくないし、質問もされたくない」という領域を持っています。それを尊重し合うことが、夫婦間や親子間においても大切なのです。
・トランスパーソナル心理学とは、人間をスピリチュアル(精神性)の次元まで含めてホリスティック(全体的)にとらえる心理学で、「人間は個人を超えた何かとつながっている存在である」という人間観にもとづいています。
・人は、自分の個性を尊重できるようになると、他者の一人ひとりが個性を持った存在であることを実感でき、他者の個性をも尊重できるようになります。
・「自分に由(よ)る」ことで創造性や独自性が育つ(中略)
自由という言葉は、「自分に由(よ)る」と書きますね。これは、自分の考えや、自分の感じたことや、自分の心の声を拠(よ)りどころにするということです。
・私たち現代人は、膨大な量の情報や知識に囲まれています。そして多くの人は、それらを処理したり覚えたりすることに忙しくて、自分の考えを深めたり、自分の心の声に耳を傾けたりする暇がないようです。また、既成の知識や常識にしばられて、自由な発想ができなくなっている人も多いと思われます。(中略)
問題なのは、情報や知識が多いことではありません。どんなに多くの情報や知識に囲まれていても、自分を拠りどころにして自由に生き、創造性や独自性を発揮していくことは可能です。
・人が行動を起こす動機には、外発的動機と内発的動機があります。
外発的動機とは、何らかの外的な目的を達成するために行動をしようとすることです。たとえば、「親に褒めてもらうために勉強する」とか、「教師に叱られたくないから宿題をやる」とか、「資格試験に合格するために本を読む」など(中略)
内発的動機とは、内から生じる興味や関心によって行動しようとすること(中略)たとえば、「遊びたいから遊ぶ」とか、「本を読むこと自体が楽しいから本を読む」など(中略)
・子どもの生きる力を育んでいくうえでも、この内発的動機によって行動するという経験の積み重ねがとても重要になってきます。
・内発的動機によって行動するとき、子どもは「自分自身で決めている」という自己決定感を強く味わうのです。
・人は誰でも心の中に相反する要素を持っています。たとえば「変わりたいけど、変わりたくない」とか、「チャンスに賭けたいけど。リスクを冒したくない」とか、「自分をアピールしたいけど、目立ちたくない」など、さまざまな矛盾を抱えているのです。そしてそれゆえ、人は葛藤します。
・人生というのは正解のない世界です。数学の問題のように、正解か不正解かをはっきり区別できる世界ではないのです。にもかかわらず、ものごとを善悪二元論で捉えてしまうと、「正しいか間違いか」「〇か×か」「善いか悪いか」という考え方しかできなくなってしまいます。そしてその結果、「何が正解なのだろうか。自分の判断は間違っているのではないだろうか」と不安になるため、選択したり判断したりするのをためらうようになるし、また「正解を教えてほしい」という依存的な発想にもなってしまうため、創造的なアイデアや解決策が出てきません。
・つまり、人生の達人とは、悩んだり葛藤したりすることがなくなった人ではなく、それらを楽しめるよになった人だと思うのです。
・「自分が子どもだったら、あるいは部下だったら、操作的な意図を持った親や上司によって、やる気にさせられたいだろうか? 動かされたいだろうか? 行動を起こされたいだろうか?」という視点で考えると、操作的なコミュニケーションがいかに一方的なものかがわかりますね。
・この姿勢は、人間関係を築いていくうえでも大切です。つまり、「相手はこちらの思いどおりにはならないものだ」「相手をコントロールすることはできない」「人間(相手)は計り知れない存在だ」という謙虚な姿勢で、人格的存在である相手に畏敬の念(いけいのねん)を持つことが大切なのです。
※補足:畏敬の念(いけいのねん)とは、Weblio 辞書によると、つつしみをもって相対する心情のこと。
・「あきらめる」という言葉の語源は、「明らかにする」「明らかに見極める」というものです。思いどおりにならないことを、思いどおりにならないこととして見極めること。つまり、勇気をもって現実を直視し、ものごとの本質を明らかに見て受け入れること。そして、そのことによって執着心を手離すことこそが、本来の「あきらめる」ということなのです。
・親の持つ父性と母性のことをお話したいと思います。まず、父性の機能というのは、「切り分ける」「区別する」「境界線を引く」といったものです。一方、母性の機能は、「包み込む」「一体化する」「融合する」などです。
もう少し具体的にいいますと、父性とは、「やっていいこと」と「やってはいけないこと」を区別し、それを子どもに教える機能であり、また、ルールや規範を守ることを子どもに教える機能です。(中略)
そして母性とは、ありのままの子どもを包み込み、子どもの気持ちや欲求を受けとめて共感する機能です。(中略)
そのバランスがとても大切です。
ただし、「父性=父親」「母性=母親」と単純に考えないでください。父親が主に母性を担当し、母親が父性を担当する場合もありえます。
・子どもは、ある年齢に達すると、異性のほうの親のパートナーになりたいという願望を持つようになります。たとえば男の子であれば、自分が母親のパートナーになって、母親の愛情を独占したいと思うようになります。
・母性には正負の両面があり、正の面が出ると、ありのままの子どもを受け入れて慈しむ母性となりますが、負の面が出ると、心配し過ぎ、過保護、過干渉、過期待になって子どもを呑み込み、自立させない母性となってしまいます。
・「お父さんは、お前が将来後悔するのが目に見えているから言っているんだ」
「俺には『後悔する自由』もないのか! 自分のやりたいようにやって後悔するなら、本望だよ。俺の人生は俺のものだ。『チャレンジしない自由』もあるし、『悔いのある人生を送る自由』もあるはずだ。それとも俺には、競馬の馬みたいに全力疾走するしか選択肢はないのか!」(中略)
自分の中で「息子のためだ」と正当化していけど、実は、自分の望みを息子に実現してもらおうとしていたのでした。
・親が自分の子どもの人生を所有しようとしてしまうケースは、珍しくありません。親自身が自分の問題を未解決なままにしていて、子どもの人生を使って、自分の問題を解決しようとしてしまうのです。
たとえば、劣等感の強い親が、子どもの成績を通して自分の劣等感を埋めようとすることがあります。
・私たちは、自分のことを受け入れることができるようになるほど、他者のことも受け入れることができるようになるからです。(中略)
これはつまり、自分自身との関係こそが、あらゆる人間関係の基本になっているということです。ですから、豊かな人間関係を築いていくためには、まず自己受容を深めていくことが大切なのです。
・弱さこそが宝になる
・業というのは、理性ではコントロールできない心の働きのことです。私たちは、なかなか自分のことをコントロールできない、不器用で不完全な存在ですね。落語では、そのような人間の不器用さ不完全さにスポットを当てます。
・自己受容の訓練法
自己受容を深めていくうえで最も有効な方法は、自分が感じていることを受け入れる訓練をすることです。つまり、自分の感情や気持ちを受容する練習をするのです。(中略)
より具体的なやり方をお伝えしましょう。たとえば、自分が悲しい気持ちになっていることに気づいたら、「悲しんだね」と自分にささやきかけるのです。(中略)
このとき、悲しい感情を感じていることをあと押しする意味で、「それでいいんだよ」という言葉も付けるといいでしょう。(中略)
その瞬間、私たちは感情を見つめる側の視点に立っているので、その感情と同一化せずに、それを客観視できているのです。
・自己受容の訓練法(中略)
たとえば、友達から批判的なことを言われて、怒りが湧いてきたとしましょう。それも相手を殴りたくなるくらいの強い怒りだとします。
そんなとき、自分自身に対して、「怒っているんだね。それでいいんだよ。だって、あんなことを言われてんだから、怒るのも無理もないよ。あんなことを言われて傷ついたね。あんなこと言われたら悲しいよね。それでいいんだよ」といった感じで声をかけると、次第に冷静になってきます。
・怒りをうまく吐き出す方法(中略)
怒りを吐き出すおすすめの方法は、怒りの感情を紙に「書きなぐるように」書くことです。書いていて、悲しみや孤独感などの第一感情に気づいた場合は、それも紙に書くといいでしょう。
・たとえば、自分の中の悲しみを抑圧している人は、他の人が悲しみを感じることをも抑圧したくなり、「悲しむのはやめて、元気を出しなさい」などと人に言ってしまうのです。
・常にポジティブであろうとすることの危険性(中略)
躁状態 (そうじょうたい)を保とうとするあまり、仕事への過度の没頭、過度の飲酒、ギャンブル、浪費、不倫、不特定の相手との性行為、薬物乱用などへの依存に陥っていく危険性があります。
・河合隼雄さんは、著書『こころの処方箋』の中で、次のように述べています。「(中略)自立ということは、依存を排除することではなく、必要な依存を受けいれ、自分がどれほど依存しているかを自覚し、感謝していることではなかろうか。依存を排して自立を急ぐ人は、自立ではなく孤独になってしまう」
・自立とは、まったく依存しなくなることではなく、自分が依存していることを自覚し、そのことに感謝できるようになることだ、と河合さんは述べています。つまり、心理的に自立するということは、謙虚になるということでもあるのです。
逆に、「私は誰でも依存していない。自分の力だけで生きている」と思っている人がいるとしたら、その人は、自分がさまざまな人やものに依存していることを自覚していないだけであり、そのような心理状態は自立しているとはいえません。
・自分の欲求を探るうえで、ウィリアムズ・グラッサー博士のいう「五つの基本的欲求」も参考になります。(中略)
一つ目は「生存の欲求」で、身の安全を守りたいとか、健康でありたいといった欲求です。二つ目は「愛・所属の欲求」で、愛したいとか、愛されたいとか、仲間の一員でありたいといった欲求です。三つ目は「力の欲求」で、認められたいとか、達成したいとか、人の役に立ちたいといった欲求です。四つ目は「自由の欲求」で、自分の感情のままにものごとを選びたいとか、誰でも拘束されずに自由でありたいといった欲求です。そして五つ目は「楽しみの欲求」で、楽しいことや好きなことをしたいとか、好奇心を存分に満たしたいといった欲求です。
・「メメント・モリ」という言葉があります。これは「死を想え」という意味のラテン語ですが、私たちは、死を意識することによって、人生が有限であることの自覚を強め、本当に大切なことのために生き切ろうという覚悟を定めることができるのだと思います。
・禅語の「日々是好日(にちにちこれこうにち)」という言葉も、同様のことを教えてくれます。この言葉は、「毎日が好い日ばかりでけっこうなことだ」という意味ではありません。日々を生きる覚悟を述べている言葉なのです。
晴れの日は晴れを喜び、雨の日は雨を楽しみ、風の日は風を味わう。自分の置かれた状況を受け入れ、その中で目の前の一事に心を集中し、今この瞬間を精一杯楽しんで生きる。このような生き方によって、日々がすべて、かけがえのない好い日になるということなのです。
・心からわかり合えることを前提とするコミュニケーションには無理がある(中略)
人と人とは完全には分かり合えない。このことを覚悟するからこそ、相手とのコミュニケーションが思いどおりにいかなくても、すぐにさじを投げることなく、少しでも共有できる部分を探そうとして、建設的な対話の姿勢を維持できるのです。また、わかり合えないという前提でコミュニケーションをすることで、相手のことをわかったつもりになってしまうのを避けることもできます。
・「相手のことを理解したい」という思いで聞くことですが、どれだけ聞いても、「相手のことを完全に理解できた」などと思わないことです。
これは、相手のことを「計り知れない存在」として認め、相手という人間の奥深さに畏敬の念(いけいのねん)を持つということです。
※補足:畏敬の念(いけいのねん)とは、Weblio 辞書によると、つつしみをもって相対する心情のこと。
・「成功という文字を顕微鏡で見ると、失敗という小さな文字が集まってできていた」という言葉があるように、失敗と成功はセットです。たくさん失敗した人が成功にたどり着けるわけです。
・「自分の考えこそが一〇〇パーセント正しい」と思い込むようになると、自分の考えに反するものがすべて「完全な悪」に見えてきて、それらと闘う人生になってしまいます。
・シンクロニシティは、「意味のある偶然の一致」とも訳されますが、正確には、「偶然の一致のように見えるけれども、それが単なる偶然とは考えにくく、その一致に何らかの意味がありそうだと感じられるもの」のことです。
●書籍『「これでいい」と心から思える生き方』より
野口 嘉則 (のぐち よしのり) (著)
出版社: サンマーク出版 (2013年10月初版)
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