このページは、書籍『持続可能な医療を創る』(森 臨太郎 著、岩波書店 刊)から、良かったこと、共感したこと、気づいたことなどを取り上げ紹介しています。
・少子高齢化で財源は逼迫し、医師は過重労働で疲労し、問題は山積している。その一方で、医療にもグローバル化の波が押し寄せている。
・筆者は本書で、公的に提供されるべきとする考え方を「社会主義的」、私的に賄われるべきとする考え方を「市場主義型」と呼ぶ。
・英国のように医療が公共サービスとして税金で賄われ、そこに住むものすべてに平等・無料で提供させる社会主義的な医療制度をとる国がある。他方で米国のように、健康は自己責任で維持するものと考え、医療費も、民間保険会社が提供するさまざまな保険を使って個人が料金を支払う、市場主義的な医療制度をとっている国もある。
・日本では自由開業制度という形で診療所や病院の開設にあまり制限がない。各都道府県が医療機関の適正配置に積極的に関わってこなかった結果、診療所や病院が乱立する場所と不足する場所ができてしまい、病院の機能的な連携も妨げられている。
・少子高齢化は人口が高齢化することの問題もさることながら、少子化によって労働人口が減って生産性が低くなり、経済成長が見込めないにもかかわらず、社会保障給付が増えていくことに問題の革新がある。
・グローバル化が是か非ということではなく、日本単独ではすでに国の運営ができなくなってきている事実を直視し、「国益」ではなく、広い意味で「日本に住む市民の総体的な利益」を鑑みたうえで、社会的価値観に基づく競争の世界を認識し、社会的価値観を共有する他国との段階的グローバル化の方向に進んでいくべきだろうと筆者は考える。
・「医師不足」の内実(中略)
医療が進歩すればするほど、新たな医療サービスが増えていくが、その一方で、過去に提供されていた医療サービスが不要になることはほとんどない。診断技術によって病気が早期発見されるようになれば患者の治癒の可能性は高まるが、同時に、軽微な症状や状態で医療機関にかかることも増え、医療サービスの量的負担は増える一方である。
・医療が進歩することで標準的な医療の範囲が大幅に広がり、医師の業務範囲は増える一方なのです。(中略)
多くの国ではタスクシフティングと言われる政策をとってきた。これは、今まで医師が行ってきた技術の安全性が時間の経過とともに確立され、一定の研修を受ければ問題なく運用できる状況になった際に、技師や看護師、あるいは事務職、さらには患者にその業務をバトンタッチするという手法である。(中略)
日本では医師や看護師のタスクシフティングは長年効果的には行われてこなかった。タスクシフティングは業務の既得権を侵す可能性もあるため、政府や公的機関が政策課題として挙げにくかったのかもしれない。
・バランスを取った方策が一つ考えられる。それは、現状の医療保険制度のまま、現在は年齢によって一律の自己負担割合であるところを、医療の内容や対象者によって自己負担割合を変化させ、その自己負担分に関しては民間保険の規制を緩和するという方策である。
さらにはもう一つ、他の先進諸国と異なる、日本特有の背景として、外国からの医療従事者の少なさが挙げられる。
・ナース・プラクティショナー(特定看護師=臨床医と看護師の中間的な役割を担う看護師)という制度が挙げられる。看護師として一定の専門医を持って仕事をしてきた人が、その分野に限って医師と同じように薬の処方や処置を行えるようにし、少なくとも研修医から中堅医師ぐらいまでの業務をこなすようにする、という制度である。
・日本では医療行為のほとんどを医師が行うように法律で定められているが、法律の条文は、「医師の監督下で」というややあいまいな解釈になっている。実際には法解釈に灰色の部分があり、それを利用して、医師の行ってきた業務を看護師が行っている病院もすでに数多く存在する。つまり、奇妙な話だが、病院によって看護師と医師の業務範囲が異なっているのである。特に比較的小規模な個人病院では、大学病院に比べ、看護師の業務範囲が大きいというような違いがある。
・現時点でタスクシフティングに関して効果的な政策は、医師を増やすことや、看護師の業務範囲を増やす(逆に言えば看護師を増やす)ことよりも、実は事務系職員など、医療従事者そのものではなく、医療従事者の業務を支援する職員を大幅に増やすことである。
・日本の医療は主に、大学病院を中心とする医師集団と、開業医を中心とする医師集団が、それぞれの医療提供の範囲を拡大していくことで、全国各地に医療が提供されるようになった。
大学病院では各診療科はその科の教授を頂点とする医局講座制を作り、各医局は大学の付属病院だけでなく、自治体あるいは準公的な病院と「関連病院」という形で緊密な関係を結んで影響を広げてきたという歴史がある。
一方で開業医は、日本医師会をその代表として、全国各地で一次医療を提供することをめざし、政治活動を通して財政的基盤を強化し、医療提供の範囲を拡大してきた。
・全国すべての地域というわけでないが、都市部の狭い地域に複数の大学医学部がひしめき合うように設立された結果、「関連病院」の奪い合い、すなわち陣取り合戦が繰り広げられ、医療における地域性が失われていった。
・日本では、一時的ほどではないが、製薬企業から医者に対する直接の営業活動があり、多くの学会や研究会は製薬企業や医療機器メーカーがスポンサーになっている。しかし、オーストラリアや英国の臨床現場では、医者が製薬企業や医療機器メーカーの営業担当者と話をする機会はない。
・注目すべきは「薬価差」である。一つ一つの薬の値段は決まっており、医療機関は、保険者にこの公定の薬価で請求する。しかし、実は仕入れのときは、公定の薬価が適用されるとは限らない。つまり、保険者への請求は公定の薬価で行うことが決まっているものの、仕入れ値に関しては規制はない。以前は、この薬価差を利用して、診療所や病院が利益を出していた時期もあったようだが、批判を受け、現在では仕入れ値と公定薬価にあまり差が出ない状況になっている。
・世界各国の医療費の中で最も大きな部分が占めるのは人件費である。人件費の多くは看護師や医師など医療従事者への給料である。しかし、医療費の内訳をみると、日本の医療費の使途はCT(コンピュータ断層撮影)やMRI(核磁気共鳴画像法)といった医療機器や医薬品に偏る傾向があり(図12、13)、他の国では大半を占める人材への投資(人件費)は相対的に低い。
・日本の医療の特徴は、病床数・人口に対して、医師や看護師があまりに少ないことと、それに起因して医療従事者が過重労働になっていることである。
・日本の医療費が低いのは、提供しているサービスに比して医療従事者の数が少ないこと、すなわち少ない人数が少ない給料で極限まで頑張って医療制度を支えているため、である。「日本の医療は世界で最も効率が良い」と言われるが、それは「医療従事者が一般的な労働基準を超えて馬車馬のように働くというルール違反をしている」という事実がその裏に隠れているわけである。
・各地域に救急告示病院が数多く配置されているにもかかわらず、近年問題になっている救急患者のたらいまわしはどうして発生するのか。実は、救急告示病院と言ってもその内実は、さまざまな専門科の医師が順番に夜の当直をしているだけと言うことも多い。そのため専門外の患者の受け入れ依頼があった場合、専門医がいないことを理由に断ることも多い。(中略)
問題は、充分な救急対応ができない病院が救急告知病院に指定されていることである。その病院の救急機能が補助金に見合うだけの水準にあるかという評価と、それに基づく補助金の調整がほとんどされていないのである。
・日本の新生児医療は、死亡率の低さやその中でも特に困難となれる未熟児の医療において、世界で最も良い治療成績を誇っている。こうしたモデルを輸出すれば日本の医療産業がグローバル化し新たな価値を日本が獲得するということになる。
・医療従事者の質向上のために(中略)
質はどうであろうか。医師国家試験に合格し、医師免許を保持する限り、更新の必要はなく、医療行為は可能である。また定年もなく、本人が死亡するまで医師として登録可能である。(中略)
現在のところ、医師の技量を評価する技法としてSPRATと呼ばれる同僚による医師技能評価ツールが開発されている。
・科学的論文を網羅的に検索しようとすると、かなり大変である。便利なことに、医学系であればMedlineと呼ばれる米国政府が作成した医学論文のオンラインデータベースがあり、世界中の人が無料で利用できる。しかし、このMedlineは基本的に米国の医療や政策を念頭に作られたものであり、米国での関心に沿った論文や雑誌が多い(中略)
もう一つEMBASEと呼ばれる医学・薬学系のオンラインデータベースがある。これは欧米主体のものであるため、同じように欧米の情報への偏りがあると同時に、薬の情報に関して強いという特徴がある。
さらに、医療系データーベースの一つであるコクランライブラリーには、まだ出版されていない質の高い研究に関する情報が登録されているため、必須のオンラインデータベースと言われている。
上記三つが医学系の三大データベースと呼ばれているが、たいていの場合、これだけでは足りない。
・ニーズと需要と保険財政(中略)
筆者はニーズと需要を連続的に調整することが必要だと考えている。たとえば診療報酬制度における自己負担額を医療行為や年齢・疾病ごとに変化させるようなマトリックス型のものに変更することが可能である。そのことで、実は需要が多いものの患者が今まで受診を逡巡してきたような医療行為にも門出を広げることになり、現在の医療費の問題の一部を解決できると考える。
・八つの提言
〈提言1〉新しい医療圏の設定(中略)
〈提言2〉人材強化とグローバルなルール作りへの参加
〈提言3〉自立と自律の促す社会保障政策への転換
〈提言4〉マトリックス型診療報酬制度
〈提言5〉社会保障番号の導入とデータベースの整備
〈提言6〉雇用の柔軟化と契約の促進
〈提言7〉政策策定支援のためのシンクタンク設立
〈提言8〉行政官の人材育成
・第三の道(中略)グローバル化の中で、さまざまな工夫をしながら、社会主義と自由主義双方の制度をバランスよく融合することこそが第三の道であり、持続可能な医療のためには、それが唯一の方法ですらあるというのが、筆者の考えである。
●書籍『持続可能な医療を創る~グローバルな視点からの提言』より
森 臨太郎 著
岩波書店 (2013年6月初版)
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